何のために学ぶのか?

この国の教育は日本企業という特殊環境の中に最適化された企業戦士養成システム。

国内向けにカスタマイズされた教育は、自分自身がこの国の仕組みの中に組み込まれなければ通用しないものです。

色々な考え方は有ると思いますが、自分としては、組み込まれるために学ぶのではなく、個として自由になるために学べ!と息子に教えるつもりです。

人間にとって(動物にとって)本当に大切なことは、「自由」です。

ネイティブアメリカン達は決して野生動物を捕らえておく事がなかったそうです。 その理由は、「動物にとって自由を奪われる事は死に等しい」という哲学があったからだそうなのです。

自分は狩猟をおこないますから解りますが、たとえばヒグマは檻ワナにかかると、自分の爪や歯がボロボロになるまで鉄製の檻を齧って暴れます。野生世界で生き延びてゆくために大切な道具である、爪と歯を駄目にしてしまったヒグマは、もう森に戻る事は出来ません。ヒグマにとって檻に入れられる事は「死に等しい」事なのです。

ネイティブアメリカンの戦士は部族同士が戦争状態に至った時でも、自分が闘いたくなければ戦列を離れる事が許されていたそうです。ところが通常の国家は兵士が戦列を離れる事は重罪となり、多くが死罪となりました。

ネイティブアメリカンは自然の摂理の中で真理を見いだし、集団の規律よりも個としての自由を重く見る哲学を持っていたのです。この哲学は動物や自然に対する深い洞察の中で醸造されてきたものなのだと言う事がわかりますよね。

どんなに人間が高い知性を得ても、人間が動物であり、自然の一部である事からは永遠に逃れる事が出来ません。だから人間はやっぱり自由である時にイキイキした目を持っていて、それがやはり一番人間らしい状態である筈なのです。

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