アイスマンと鍼灸とタトゥー

~ドルファー博士の発見~

◆アイスマンとは
91 年9月にオーストリアとイタリアの国境近くの山、エッツタール・アルプスの標高3000m付近で、登山客によって偶然に氷漬けの遺体を発見。考古学者の詳 しい調査によれば、それはなんと5300年前の人間(男性)であることが判明し、一躍「世紀の発見」となり「アイスマン」と名付けられました。アイスマン は世界最古の冷凍ミイラ。脳や内臓などもそのまま残っていることから、人類の歴史を塗り替えるほどの情報を抱えた、いわば「考古学の至宝」といえるもので した。

◆完全解凍
発見から約20年「南チロル考古学博物館」にて冷凍保存されてきたアイスマ ンを、ついに完全解凍し、あらゆる分野の科学者たちが集結して、身体からサンプルを取り出して分析が試みられたのです。3月にTV放映されたNHKスペ シャル「完全解凍!アイスマン」はその全容を紹介しています。その結果、アイスマンは弓矢と殴打によって殺されたことが、まるで現代の科学捜査官による鑑 識のように正確に推理されます。さらに、胃の内容物からは、想像以上においしい食事をとっていたこと。X線の所見では、腰椎すべり症を抱えていて、どうも 治療らしきものを施していたことなど、4大文明が発祥しはじめた5300年前の先史時代には想像つかないような、古代史の常識を覆すような事実が次々と出 てきたのです。

◆タトゥーと鍼灸の一致
もっとも興味深いのが、腰椎すべり症の治療を施してい たということ。これを解明した人物が、オーストリアの医学博士で鍼灸を研究しているレオポルト・ドルファー医師。アイスマンの手足と腰部に、不思議な模様 をしたタトゥー(刺青)が15か所あり、それらの位置を調べたドルファー博士は、鍼灸治療のツボの位置とほぼ全てが重なっていることに気づいたのです。腰 椎すべり症によって左の腰部から足にわたって坐骨神経痛に悩んでいたアイスマンは、ツボと符合する箇所に、まるで鍼灸を施すようにタトゥーを施したと推理 したのです。こうしたアイスマンと鍼灸との関連は、すでにScience誌(98年)や全日本鍼灸学会雑誌(99年)に掲載されていますが、今回TV映像 として初めて目の当たりした衝撃は大きなものでした。

◆ドルファー博士の功績
TV で放映されたドルファー博士の鍼灸治療をみると、うれしいことに鍼管を使った和鍼(日本の鍼)を使っています。オーストリアの鍼灸治療がどのくらい普及し ているかは不明ですが、ドルファー博士はたぶん日本の鍼を学んだ方だと想像できます。それはともかく、今回衝撃的だったのは、鍼灸治療の原型が中国 2000年よりも古い5300年前のヨーロッパにすでにあったという事実です。古代史の常識を覆すほどの今回の発見は、とりもなおさず鍼灸治療に詳しいド ルファー博士が研究スタッフの一員にいたからこそともいえます。
「最初にこのタトゥーを見たときは驚きのあまり倒れそうになった」と話すドルファー博士の言葉通り、アイスマンが遺してくれた情報からは、これまでの医療の歴史を見直すに十分な資料を提供していることには間違いないようです。

※Science誌(1998年10月9日発行, 282巻, 242頁)
※全日本鍼灸学会雑誌第49巻1号(1999年)27頁
※NHKスペシャル「完全解凍!アイスマン」(平成25年3月24日放送)

~タトゥーの不思議な模様~
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◆タトゥーの位置(ツボ)からみえるもの
合計15か所のタトゥーすべてがどこにあるのかは不明ですが、NHKスペシャルの映像で見る限り分かった箇所(ツボ)は以下の通りです。      ※( )内はタトゥーの模様を表す。

左腰部:胃兪(4本線)、三焦兪(3本線)、腎兪(3本線)
左下肢:崑崙(十字)
右下肢:中封(十字)、曲泉(十字)、陽輔(3本線)、陽陵泉(3本線)

わたし流の「経絡的治療」でこの取穴を解読すると、アイスマンの身体と人となりは次のように推察できます。まずはアイスマンの経絡診断は、右肝(虚)―左膀胱(実)とみます。

証: 右肝(虚)―左膀胱(実)

体質を表す「本」は右の肝虚証としてみて、右足肝経の中封(ちゅうほう)と曲泉(きょくせん)のツボ。一方、症状を表す「標」は左の膀胱実証としてみて、左足膀胱経の崑崙(こんろん)のツボをそれぞれ取っています。
他に補助穴として、背腰部の左膀胱経の胃兪(いゆ)、三焦兪(さんしょうゆ)、腎兪(じんゆ)の三穴。右足胆経の陽輔(ようほ)、陽陵泉(ようりょうせん)のツボを、それぞれ絶妙に配していることがわかります。

こ のような「経絡的治療」をさらに症候学的に解読すれば、つぎのように説明できます。体質診断からはアイスマンは「肝虚証(肝の人)」で、眼が疲れやすく筋 肉疲労が起こしやすい体質。性格的には少し怒りやすい人かもしれません。誰かに追われて殺されたわけですから、かなりのストレスを抱えて生きていたと想像 できます。さらに、腰椎すべり症による左下肢の「痛み」もしくは「しびれ」は、外果(外くるぶし)付近、神経支配でいえば「S1」の領域です。故に、外果 とアキレス腱の間にある膀胱経の「崑崙(こんろん)」穴は「実」(興奮)していると想像できます。

このように、5300年前のアイスマンに遺されたタトゥーの位置から、まるで現代の坐骨神経痛の治療と全く同じような配穴として検証できることは、鍼灸師のわたしにしてみれば、正直なところドルファー博士の如く「驚きのあまり倒れそうになる」くらいの衝撃を受けています。

◆タトゥーの模様(かたち)からみえるもの
さ らに驚くことがあります。それはタトゥーの模様のこと。「右肝(虚)―左膀胱(実)」という経絡診断による最も大事なツボ(要穴)は、肝経の中封と曲泉、 膀胱経の崑崙ですが、そのいずれの模様も「十字形」になっており、しかも他の補助穴が「4本線」や「3本線」であることに対して、明らかに模様によって差 別化されていることがわかります。

要穴に施したタトゥー :「十字形」
補助穴に施したタトゥー:「4本線」や「3本線」

た だドルファー博士は、アイスマンの手足と腰背部にあったタトゥーが、鍼灸治療のツボの位置とほぼ全てが重なっていたことに気づき、そのタトゥーは治療が目 的であったと推理したわけですが、タトウーの模様がもつ意味合いまでには論究していません。もしタトゥーがお灸を施すように、単にツボに刺激を与えるだけ のものであれば、すべて同じような模様でも十分なはずです。

上のように、要穴と補助穴と思われるツボの違いに沿うように、あきらかに模様 の差別化を図っていると考えれば、アイスマンがいた先史時代には、実はタトゥーの模様がもつ意味合い、つまり「形」がもつそれぞれの「ちから」を認識した 上で、治療につかわれていたであろうと、わたしは確信しているのです。

なにか荒唐無稽な話に思われるでしょうが、実はツボには、ある特定の図形を貼ることで気は動くことは分かっています。

~タトゥーの模様が意味するもの~

◆「八卦」をツボに貼る治療

上の写真は「肝虚証」の要穴(大事な基本穴)である左足肝経の「中封(ちゅうほう)と右足腎経の「照海(しょうかい)」に鍼を施す代わりに、特定の図形を貼って治療をしています。この図形、実は中国周代に完成された「易」の「八卦(はっけ)」です。

「八卦」は陰爻(いんこう)と陽爻(ようこう)の組み合わせでできる八種類の「卦」。さらに「易」の思想が漢代の「天人相関」の思想をうけると、この「八卦」は「五行」「臓腑」「自然」「身体」などと、次のように関連づけられます。

◇八卦(「先天八卦図」より)―――――――――――――――――――――
八卦   乾  坤  震  巽  坎  離  艮  兌
卦画   ☰  ☷  ☳  ☴  ☵  ☲  ☶  ☱
五行   金  土  木  木  水  火  土  金
臓腑   大腸 脾  胆  肝  腎  心  胃  肺
自然   天  地  雷  風  水  火  山  沢
身体   頸  腹  足  股  耳  目  手  口

こ の表で説明すると、左足肝経の「中封」には肝木に関連した「巽(そん)」の卦画「☴」を、右足腎経の「照海」には腎水に関連した「坎(かん)」の卦画 「☵」を貼っています。こんなオマジナイのような治療で本当に効くのかという疑問を当然もたれるでしょう。しかし実際試してみると不思議と効くのです。

こ れまで何度も説明してきたように、特定の「形」には気を動かすはたらきがあります。さらに、間中喜雄(1911~1989年)が提唱した身体の中にある 「X-信号系」という受信システムの概念を借りれば、色・形・音・磁力などが発する微量な信号に対して、ツボを通じて身体はしっかり反応するということで す。
《第91話:筋肉をつかう診断法「FMテスト」(4/4)を参照)》

間中喜雄ワールドを 信望する治療家であれば、ツボに「色紙」を貼ったり、ツボに「八卦」を貼ったりする治療は決して突拍子もないことではないのです。したがってアイスマンが ツボと思われる処に、3本線や十字形などの幾何学模様でタトゥーを施していたのは、当然「形」がもつそれぞれの「ちから」を認識した上で、治療につかって いたであろうと解釈できます。

◆十字形をツボに貼る

次 に、アイスマンが要穴に施していた「十字形」のタトゥーについて検証してみます。同じく「肝虚証」の場合で、左足肝経の「中封」と右足腎経の「照海」にど ちらとも「十字形」を貼ってみます。次に他の経絡証においても同様に試してみました。すると面白い結果がでました。それはこうです。「十字形」という形 は、肝虚でも腎虚でも肺虚でも、どんなケースでもオールマイティーに効果がでるということ。「十字形」という形には特異的に気を動かす「ちから」があると いうことです。同様な形には「正三角形」「六芒星(ダビデの星)」があることは経験的にわかっています。

◆5300年前のアイスマンと東洋医学の関係
以 上のような検証から、4大文明が発祥しはじめた5300年前の先史時代には、すでに中国2000年と思われていた東洋医学に通ずる鍼灸治療の「経絡」とか 「ツボ」に近似した概念がすでに存在し、しかも特定の「形」には「ちから」があることを認識していたと考えてもよさそうです。

これを文明 の流れからどう解釈すればよいのかは、とても難しい問題です。ひとつ考えられるのは、中国医学発祥の「経絡」とか「ツボ」の概念は、おそらく仏教の伝来と 同様にインドから中国にその原型が伝わったとすることにヒントがありそうです。たとえば「気」と「経絡」は、ヒンズー教由来の「密教ヨーガ」によれば、そ れぞれ「プラーナ」と「ナディ」に相当します。また「ちから」をもつ「形」のことを「ヤントラ」と呼びます。さらにそのインドは、古代インダス文明が滅ん だBC13世紀ころにはヨーロッパからアーリア人が侵入し、バラモン教が生まれ、そこからヒンズー教と仏教へと派生した歴史があります。

したがって、アイスマンによって表出された古代史の「謎」は、そうした西から東へと移動した「文明の流れ」のなかにその答えがあるのではと想像しています。